Melty's
Fairy tale
めるてぃ童話


少年と木の精



それは昔、ちょっと昔か、ずいぶん昔か、遙か昔かは分からないけど、確かに昔のお話です。


第一章


山々が今よりも高く、森は今より深く、木下闇(このしたやみ)が今よりも暗かった時、一人の少年が森の中を歩いていました。

少年の目には、森は果てしなく広く、世界の果てまで続いてるように見えました。

「この森の奥の奥、果ての果てには、きっと誰も知らないものすごい秘密があるぞ。今日こそはそれを見つけてやるんだ」

少年はいつもなら立ち入らない、森の奥へ奥へと進んでいきました。


長く長く少年は森の中を歩きました。ついに小暗い森の向こう側に、明るい日差しが見えました。

ついに森が切れたのでしょうか、少年は日差しの下に飛び出しました。

どこまでも澄んだ青い空が広がっていました。

しかしそこは森の終わりではありませんでした。

柔らかい草に覆われた、小さな丘がありました。丘の上には大きな大きなカシの木が枝を広げていました。

カシの葉がお日様の光を受けて、きらきらと光っていました。

少年は丘に登り、カシの木を見上げ、ついで周りを見渡しました。

今来たところも、丘の向こう側にもずっとずっと森が続いていました。

疲れていた少年はカシの木の根元に座ってお昼ご飯を食べることにしました。


その丘は不思議な丘でした。

日はさんさんと照りつけているのに、なぜか暑くありません。

森の中では聞こえていた、鳥の声や虫の歌も聞こえてきません。

カシの木の枝が、柔らかい風を受けてさやさやという音を立てているのが聞こえるだけです。

まるで時が止まっているような、遠い遠い昔からずっとそのままの形で在り続けていた場所にように感じられます。

少年が考えていたような「ものすごい秘密」ではありませんが、この丘は十分少年の友人達に自慢できるものと思われました。

日差しを見ると、お昼を過ぎた頃と思われました。

頬をなでる風は優しく、お昼ご飯を食べ終えた少年は少し昼寝をすることにしました。


第二章


はっと、少年が深い眠りから覚めると、すでに日が落ちかかっていました。

空には一番星がリンと輝き、沈むお日様と反対側の東の空はもう夜の色をしていました。

どうしましょう! 寝過ごしてしまったのです。

もうとっくに帰っていないといけない時間です。

ひんやりとした空気がゆっくりと森から流れてきます。

やってきた道はどっちだったでしょう? 村はどっちの方角だったでしょうか?

少年はあわてて丘を駆け下りると、森の中に飛び込みました。森の中は一層暗く、まるで方角が分かりません。

それでも少年は、半分手探りでやった来たと思われる方向に進みました。


やがて日は完全に沈んでしまいました。

か細い星の光は、木々の枝にさえぎられ、全く少年の足下を照らしてくれません。

前はほとんど見えず、後ろの暗闇にはまるで何かが潜んでいるようです。

少年は怖さの余り、枝に引っかかったり、幹にぶつかったりしながら休みも取らずに歩き続けました。

何時間歩いたでしょう、ついに森が途切れているのがかすかに見えました。

冷たい月の光が差し込んでいました。

ようやく森の出口でしょうか、少年は走って月の光の下に飛び出しました。

しかし、そこは森の出口、村の入り口ではありませんでした。


あの丘でした。


第三章


大きなカシの木の上には、青白い月が掛かり始めていました。

何度も木にぶつかったりしたせいで、すっかりと方向を間違えてしまったのです。

疲れ切っていた少年はよろよろとカシの木の根本に座り込みました。

「これ以上はもう歩けないや。夜の森はとても抜けられない。今日はここで休んで、朝日が出てから帰ろう」

少年がそうつぶやいた時、夜空の星の光のように涼やかな声がカシの木の上から降ってきました。

「こんなところでなにをしているの?」

びっくりした少年が見上げると、カシの木の太い枝に一人の少女が座っていました。

木のツルと葉っぱでできた服で身を包み、そこからすらりとした手足が伸びていました。

茶色の瞳には星の輝きが映り、腰まで伸びた髪は灰色をしていました。

「道に迷ってしまったんだ」

少女はクスリと笑いました。

「大丈夫、明日の朝には、失くしてしまった道が見つかるわ」

「君は誰だい?」

「私はこのカシの木の精よ」

「木の精だって?」

少年は「ものすごい秘密」についに出会えたような気がしました。

木の精なんて、ずっとずっと昔の話や、母親が話してくれたおとぎ話にか出てこないものですもの。

「すごいや。僕、木の精に会ったのは初めてだ」

「私も人に会うのは何十年振りだわ」

「何十年? 君は僕と同じくらいの年じゃないの?」

「木々の寿命はあなたよりもずっと長いのよ」

「そうか。じゃ君は僕よりずっとたくさんの物を見てきたんだね」

「そうね」

少女はそう答えると、ずっと遠くに目を向けました。夜の闇を透かして、その向こうになにかが見えるかのように。

「『私』から生まれ落ちたドングリが芽吹き、育ち、そして倒れて朽ちていくのを、  森が広がり、そして縮んでいくのを」

少年には、少女の声が少し寂しそうに響いたように思われました。

「その間、君はずっと一人で居たの?」

「そう、ずっと一人だったかしら。時々あなたのように道に迷った人が訪れたことはあったけれど」

「他に木の精の仲間は居ないの? 会いに行ったりはしないの?」

「私はこの木から遠く離れることは出来ないのよ。それに他の精たちはずっと昔に眠ってしまった…」

少女は口を閉じると、星空を見上げました。

何時しか月はカシの木の真上に来ていました。銀色の月光が葉と葉の間から差し込んで来ました。

少年は少女に色んなとこを尋ね、少女は少年が知らなかったたくさんのことを教えてくれました。

年を経て、心が堅くなった人には木の精を見ることが出来ないこと、
 遙か昔にあった原初の森の中心にはとても大きな木がそびえていたこと、
 鳥たちがしている信じられないような噂話や、100年に一度だけ咲く美しい花のあること。

ついに少女が言いました。

「もうお眠りなさい。昨日よりも明日が多いあなたには、明日を夢見る時間が必要だわ」

「ええ? もう少し話を聞かせてよ」

「子守歌を歌ってあげる。だからもうお眠りなさい」

僕は子守歌を歌ってもらうほど子供じゃないよ、と少年は言い返そうとしました。

でも少年がなにか言う前に、少女は歌い出しました。


第四章


『それ』は本当に歌だったのでしょうか。

少年には歌詞がなにも聞き取れませんでした。

木の精の言葉か、遠い遠い昔に使われていた古い言葉なのでしょうか。

少年の耳には、高く澄んだ、音の響きだけが残りました。


『それ』は本当に歌だったのでしょうか。

夜の吐息がはき出されるように、ひゅうと風が吹き始めました。

歌が風になったのか、歌が風を呼んだのか、少年にはわかりませんでした。

歌は木の枝を揺らし、きいきいと鳴らしました。

歌は木の葉をなでて、さわさわととささやかせました。

ゆらりゆらりと揺れる枝からは、ドングリとコトンと落ちてきて、ころころと転がりました。

きいきい さわさわ こっとんころりん
 きいきい さわさわ こっとんころりん

歌に合わせるようにリズムを変え、カシの木楽団の奏でる音楽は少年を包みました。

さらに耳を澄ませば、丘のあちこちから、リリリ、リリリと、またはギーギーと虫達も歌に合わせて演奏を始め、丘の向こうの森からはフクロウのほうほうという鳴き声も聞こえてきました。


『それ』は森の歌でした。


森の歌が、優しい眠りを少年に運んできました。少年は眠い目をこすりながら少女を見上げました。

少女は半分目を閉じ、幹に寄りかかりながら歌っていました。

木下闇の下では灰色に見えた少女の髪は、月光を捕らえ銀色にきらめきました。

そして髪から滑り落ちた月光は滝のように周囲に光を振りまきました。

少女の端正で少しだけ寂しそうな横顔が、少年の眠りに落ちる前にみた最後の光景でした。

そして少年はずっとずっとその光景を忘れることはありませんでした。


第五章


少年が目を覚ますと、もう朝日が昇っていました。

体を起こすと、体の上や下で、落ち葉がぱりぱりと鳴りました。

少年は落ち葉の布団で眠っていたのです。

周りを見渡すと、そこはあの丘ではありませんでした。森の出口、村の入り口でした。

あの大きなカシの木も見えません。それにあの少女も居ません。

昨日見た丘は、少女は夢だったのでしょうか? そしてあの森の歌は?

少年は手に何かを握りしめているのに気が付きました。

そっと手を開いてみると、それはドングリでした。

普通のドングリではありません。月光に染められたかのような、銀色のドングリでした。

たった一つのドングリが、お日様の光を受けて、きらきらと光っているだけでした。


少年はその日から、毎日のように森に入り、あの丘を、あの少女を捜しました。

しかし、あの丘に行き着くことも、あの少女に出会うこともありませんでした。

何日も何ヶ月も、春も夏も秋も冬も、少年は捜し続け、けれどもやはり少女に会うことは出来ませんでした。


そのうちに少年の家族は、森に囲まれた村から、都会に引っ越すことになりました。

少年は反対しましたが、どうにもなりません。

少年は出立の前に、一度だけ森を振り返りました。

そして、あの銀色のドングリをぎゅっと握りしめて、あの少女にもう一度会うために必ず戻ってくることを、心に誓いました。


第六章


ゆっくりと時は巡り、転がり落ちたドングリが芽吹き、成長し、たくさんのドングリを実らせるようになるほどの時間が過ぎました。

ついに少年は、村に戻ってきました。

しかし、少年はもう少年ではありませんでした。

太陽と枯れ草の匂いがした柔らかかった髪は、もう真っ白になっていました。

好奇心を宿し輝いていた瞳は、暗く厳しいものになっていました。

そう、少年はもう老人になっていたのです。


老人は、ある覚悟を決めてこの村に戻ってきたのでした。

まずは村を治めている村長さんの所に行き、地図を広げ、あの森の一帯を買い占めたいと申し出ました。

都会に出て、苦労して商売を成功させていた老人は、とてもお金持ちになっていたのです。

老人はたくさんのお金を積み上げて、強引に森を買い取りました。

老人は森の地図をじっと見つめました。

もちろん、地図の上にはあの丘なんて書いてありません。

地図の上にある森は、とても狭いように思われました。

老人が少年だった頃、この森は世界の果てまで続いているように思ったことを思い出しました。

老人は地図をじっと見つめました。とても、とても長いこと。


老人は村人を何人も雇うと、木を切る道具を持たせました。

そして村人らを引き連れて森へ行くと、一番手前の木に手をかけて叫びました。

「木の精よ、木の精よ! 白銀の髪をなびかせ、森の歌を歌う者よ!
 もしこの木に住まうならば、その姿を現したまえ。さもなくばこの木を切ってしまうぞ!」

…返事はありません。僅かな風が、枝葉をすこおし揺らすだけでした。

老人が合図すると村人達はたちまちこの木を切り倒してしまいました。

そうです、老人はあの少女に会うために、どんなことでもする気でした。

木の精の住みかである木を一本一本切り倒していけば、いつか必ず出会えるだろうと、そう心に決めてきたのです。


第七章


老人は森にある全ての木に話しかけ、そしてその全てを切り倒していきました。

森には毎日「木の精よ! 木の精よ!」と呼びかける老人の声が響きました。

一本一本切るたびに、老人の目はますます厳しく、その声は大きくなっていきました。


ついに最後の一本になりました。

それはひときわ大きなカシの木で、老人が少年だった頃に見た、あのカシの木に似ているように思えました。

とはいえ、あの時見た木は、もっと大きくもっと齢を重ねた木だったように思われました。

「木の精よ、木の精よ! 」

老人の叫びは今までの中で一番大きく響きました。

「木下闇に憩い、白銀の髪をなびかせ、瞳に星の光を映し、銀月のもと森の歌を歌う者よ!
 もしこの木に住まうならば、その姿を現したまえ!」

老人は待ちました。

これが最後の一本なのです。もし木の精がいるなら、もうこの木しかないのです。

しかし、少女は現れませんでした。

待っても待っても。

老人が立ちつくしている間に、村人たちは今までの木と同じように、手早くこの木を切り倒し始めました。

老人が気付いて止めようとしたときには、もう遅すぎました。

メリメリと音を立て、枝や葉を舞い散らせて最後の木は倒れました。

倒された木は、もう新芽もふかず、花も咲かず、ドングリをつけることもないのです。

老人の前には、ただ切り株だけが残されていました。


第八章


ひゅるりと風が吹きました。

老人は風に誘われるように振り返りました。

そこには、かつて森だったもの、切り株だけが残る荒れ地が広がっていました。

”年を経て、心が堅くなった人には木の精を見ることは出来ないのよ”

あの少女が言っていた言葉が不意に思い出されました。

本当に、木の精はいなかったのでしょうか?

老人には姿が見えなかっただけなのではなかったのでしょうか?

老人は目を大きく見開いて立ちすくみました。

ただ、あの少女にもう一度会いたい、そのために取り返しの付かないことをしてしまったことに初めて気が付いたのでした。

木の精は、自分自身である木を切られては生きてはいられないのです。

この森の全ての木を切ってしまったということは、木の精のいる木も切ってしまったのです。

木を切るという愚かしい行いが、あの少女を殺してしまったということなのです。

もし、森をそのままに残しておけば、木の精はこれからも月光の下で森の歌を歌えていたかも知れません。

ですが、もう全てが手遅れでした。全ての木は切り倒され、もう森は森でなくなってしまったのです。

老人は体を震わせると、地面に膝をつきました。

目から涙が滝のようにあふれ出ました。

もう会えない、二度と会えないのです。自分の愚かしい行いのせいで。

老人は泣きました。大声を上げて泣きました。

老人の手から、銀色のドングリが、あれからずっと肌身離さずに持っていたドングリが、コロンと落ち転がっていきました。


終章


ひゅるりと風が吹きました。

風は枝を揺らすこともなく、葉をささやかせることもなく、森を歌わせることもなく、ただ切り株の上を通り過ぎて行きました。

あのころと同じ、とても澄んだ青い空の下を。



あとがき


長々とした童話をお読み頂き、ありがとうございます。ずばり暇人ですね、あなた。

この童話は鎮魂歌です。少なくともそのつもりで書いています。なんに対するレクイエムか、判らない人は多分幸せです。

この話には原作があります、いやあるはずです。なぜこんな言い方をするのかと言うと、実は元になる話を何処で読んだか、どこで聞いたのか、とんと忘れてしまったからです。うーん。

『木の精に会いたかった男が、森の木を全部切り倒して、結局会えなくなる』という筋だったと思うのですが、元ネタをご存じの方はご一報下さい。もしかすると、ぼーと妄想してるときに自分で思いついた話かも知れませんが、こんな悲劇的な話を思いつくかなぁ。TRPGがらみで見たような見ないような・・。うーん。

この童話、書かないままでいると、心の奥が詰まる気がするので、ここに発表しておきます。

ちなみに、あえて時代や場所を特定させないように書いています。魔法が失われてしまったファンタジー世界かも知れません。引っ越す前の最後の夏休みを田舎で過ごした、現在の小学生のお話なのかも知れません。

イラストも添えたかったのですが、とりあえず文章だけで。

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WebMaster めるてぃ